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大阪高等裁判所 昭和25年(う)3598号 判決

控訴人 被告人 山本正二

弁護人 平田奈良太郎 外二名

検察官 舟田誠一郎関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

原審における訴訟費用中証人富永重彦に支給した分は被告人と原審相被告人井上悦予、石田安雄との連帯負担とし、証人西浦保、駒田盈郎、富永尚平、西浦彌平及び西浦トシ子に支給した分は被告人と原審相被告人井上悦予との連帯負担とし、その他の証人に支給した分は被告人と原審相被告人井上悦予、石田安雄及び奥田義界との連帯負担とする。

理由

弁護人平田奈良太郎控訴趣意第一点について。

訴訟記録について調べてみると、昭和二十五年七月十四日の第八回公判期日の調書はその末尾に整理の日として同年九月十四日の記載があり、この日は判決宣告期日である同年七月十九日より二カ月近くも後であることはまさに所論の通りである。なお本件記録送付書の日付がひとたび同年九月十九日と記載された後、右九月の「九」が「十二」と訂正せられ、当裁判所の受付日附印にもまた昭和二十五年十二月十九日と表示されていること、及び裁判所職員が例年七月二十日から八月末日までの間に交代で所定二十日間の休暇をとるため、この期間及びその直前において事務が特に多忙であること等を考慮するときは、原判決は右休暇前である七月十九日に宣告されその宣告調書は簡単であるため即日整理されたけれども、やや複雑な第八回公判調書は休暇あけ後の九月十四日にやうやくその整理を完了したものとも推察せられ、他に同調書末尾記載の九月十四日の文字は明らかに七月十四日の誤記であると考えられるものがないから、右調書はその日附の同年九月十四日に整理されたものと認めざるを得ない。ところで、刑事訴訟法第四十八条第三項は判決宣告調書以外の公判調書については遅くとも判決を宣告するまでにこれを整理しなければならない旨規定しているから、第八回公判調書はこの規定に反することが明らかである。しかしながら、右規定に違反した公判調書といえどもそれだけでは直ちにこれを当然無効であるとするわけにはゆかない。けだし、所論のように当然無効であるとすれば、整理期間経過後において当該公判調書を作成することは全くむだであるに拘らず、前記法条第一項はこの場合を除外することなく公判手続については一律にその調書を作成しなければならない旨規定しているのであつて、この規定はその実質からしてもまたその排列の上からしても同条第三項の整理期間に関する規定に比べて絶対的の要請であり、後者は単に手続の迅速と正確とを期するための従属的要請に過ぎないから、これを以て右の絶対的要請を否定するような解釈はとうてい採用できないからである。

論旨は更に判決宣告後に整理された公判調書は判決の基本とすることができないことを以て右公判調書の無効理由とするけれども、第一審判決は公判に現われた適法な資料を裁判官が直接見聞したところに基いてするものであつて、当該公判調書そのものに頼るものではないから、原判決当時において右調書が整理されていなくとも原判決をするについて支障を来すものではない。

次に論旨は判決宣告後に整理された公判調書は刑事訴訟法第五十一条による正確性についての異議申立の機会を与えないことになるから無効であると主張するけれども、同条第二項によれば判決宣告後にも異議の申立を許していること極めて明らかであつて判決宣告後に整理されたというだけでは当然に異議申立の機会を封ずることにはならない。ただ、本件のように判決宣告後二カ月近くも遅れて整理された公判調書に対してその正確性についての異議申立ができるかどうかについてはいささか疑が存するけれども、少くとも公判調書の記載内容になんらの欠点はなく、訴訟関係人に全然異論のあり得ないまでに正確である場合には、法定期間経過後の整理にかかるとの一事を以て一般的にこれを無効視する実質的理由はない。ところで、所論はそもそも原審第八回公判調書の記載に誤りがあると主張するものではなく、従つてその正確性について異議申立をする意思があつたとも主張するものではないから、その異議申立権を害されたことにもならずその他右公判調書整理の遅延が判決に影響を及ぼすこと明らかであるとすべきものがない。この点の論旨は結局理由がないといわねばならぬ。

同第二点について。

所論は、原審第八回公判調書が整理期間に関する規定違反の故に無効であり、その他の公判調書によつても被告人及び弁護人に刑事訴訟法第二百九十三条第一項による意見陳述の機会を与えたかどうか不明であるというのである。しかしながら右第八回公判調書が整理期間経過後に作成されたというだけではこれを無効とすべきものでないことは前点において説明したとおりであつてこれによれば被告人及び弁護人に対し右の機会を与えたことが明記せられており、その記載が誤りである旨の異議調書がないのみならず当審においてすら真実右の機会を与えられなかつた旨の主張を敢てしない本件については、原審がその機会を与えたものと認めざるを得ないから、この点についても所論のような手続違反がないといわねばならない。

弁護人平田奈良太郎控訴趣意第三点、弁護人幸節静彦、同馬淵健三及び被告人の控訴趣意について。

論旨はいずれも量刑不当に帰すので、記録を精査すると各被害者において寛刑を切望し、被告人においても改悛の情顕著であることその他諸般の情状に照らし、被告人に対する原審の科刑がいさゝか重過ぎると考えられるから、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十一条、第四百条但書に則り原判決を破棄して更に次のように判決をする。

原判決認定の事実にその挙示した各法条を適用して主文第二項以下の裁判をする。

(裁判長判事 荻野益三郎 判事 梶田幸治 判事 井関照夫)

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